幸せな人生を手に入れるための代償

何かを手に入れるためには、なんらかの代償を払わなければならない。

言葉で言えばかわりやすい。

「○○になるためには△△しなければならない!」と言うようにだ!

これを投資の世界では、リスクとリターンという。

リスクとは「損をする確率」であり、リターンとは「儲け」である。

当然、「リスク(損をする確率)」が大きければ大きいほど「リターン(儲け)」は大きくなり(ハイリスク・ハイリターン)、逆に、「リスク(損をする確率)」が小さければ小さいほど「リターン(儲け)」は小さくなる(ローリスク・ローリターン)。

一番良いのは、「ローリスク・ハイリターン」であるがそのような話は世の中にゴマンとある。

お金の話で言えばわかりにくいので、ダイエットの新聞広告の話にすればわかりやすい。

例えば「「ランボー」や「ロッキー」の主演であるシルヴェスター・スタローンのような体になるにはどうすれば良いか?」と、質問されたとしよう。

その答えは「10kmのランニングを毎朝日課とし、朝食の後、毎日3時間の筋力トレーニング」だろう。

素晴らしい肉体を持ちたいと思っている人は、かなりの数になるだろう。しかし、「素晴らしい肉体」を手に入れるための「代償」を聞いて、ほとんどの人は「無理」だと思って当然である。

世の中の新聞広告を見渡せば、「この小さな魔法の薬を毎日飲み続けるだけで、食べながら痩せられる」とか「運動しないでランボーのような素晴らしい肉体が手に入ります」などがなんと多いことだろう。

広告会社も儲かるだろうし、ましてはその魔法の薬のメーカーや販売元も儲かるからするのだろう。

「素晴らしい肉体」だけでない。

「素晴らしい人間関係」、「お金」、「しあわせ」など、人間が望むもの全てに対して、このような広告がまかり通っている。

しかし、その商品やサービスを購入したからといってほとんどの人たちはその望むべき姿を実現できない。

これは広告業界やメーカーや製造元が悪いとかは関係ない。

購入者自らが「○○になるためには△△しなければならない!」の△△の部分(代償)を払わないからだ。

この世の中には、何らかの手段で自分自身の生活を良くしてくれる答えを探している人はたくさんいる。

問題なのは「見つかった答えを本人が気に入らない」ということだ。

「お金持ちになりたいのであれば、ケチに徹する事だ」とわかっていても、その代償が気に入らない。

ケチに徹する事がいやだからといって、非道徳的なことをやったり、人を騙したりなどはその代償に値しないものである(浄玻璃の鏡の前に立つまでは秘めておきたいあのこともこのことも)。

その代償はお金というものさしでも測れない。

自分自身でその「答え」と「気に入る代償」を探し続けることこそ人生の歩みである。

 

 

 ~あなたの昼が”陽の光”に満ち~

~あなたの夜が”愛”に満ちたものでありますように~

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